エイプリルフールストーリー『ティアラが沈む日』




<登場人物>
御侍……この話の主人公で、料理御侍ギルドグルイラオ支部長。
トックック……気ままな放浪者。
いちご大福……さんまの塩焼きの鳥居私塾に通う生徒。
シャンパン……一国の王。
お屠蘇……忘憂舎に逗留している女性。
ライス……御侍と契約している食霊。
イキ……料理御侍になりたい少年。御侍を慕ってよくレストランに遊びに来ている。
B-52(テンペスト・ライダー)……グルイラオ郊外で迷子になったバイク乗り。
オリビア……料理御侍ギルドの関係者。
サンドイッチ……御侍の経営するレストラン店員。
トースト……御侍の経営するレストラン店員。
串串香(チュアンチュアンシャン)……御侍の経営するレストラン店員。
チーズ……御侍の経営するレストラン店員。
タンフールー……御侍の経営するレストラン店員。
コーヒー……サタンカフェ店主。
紅茶……サタンカフェの客。
ミルク……サタンカフェの客。
ティラミス……サタンカフェの客。
桜餅……さんまの塩焼きの鳥居私塾に通う生徒。
たい焼き……さんまの塩焼きの鳥居私塾に通う生徒。
刺身……さんまの塩焼きの鳥居私塾に通う生徒。
さんまの塩焼き……鳥居私塾の塾帳。
天ぷら……さんまの塩焼きの友人。
味噌汁……さんまの塩焼きの友人。
すき焼き……さんまの塩焼きの友人。
ふぐの白子……忘憂舎に遊び来た客人。
キャビア……忘憂舎に遊びに来た客人。
よもぎ団子……忘憂舎に逗留している少女。
臘八粥……忘憂舎に逗留している少女。
西湖酢魚(シー・フー・ツゥ・ユゥ)……忘憂舎に住む女性。
廬山雲霧茶……忘憂舎に住む女性。
ワンタン……忘憂舎に住む青年。
亀苓膏……忘憂舎に住む青年。





***




プロローグ




 ――星辰一日午後、鳥居私塾。


 さんまの塩焼きが塾長を務める鳥居私塾――ここには、彼を慕う子どもたちが集まっていた。



桜餅
「……福、いちご大福っ」

いちご大福
「んぅ……?」


 桜餅の声に、いちご大福は目を覚ました。そして寝ぼけまなこで見知らぬ男性が何やら話している様子に注目する。


御侍
「――と、まぁそんな事情があって、ここに彼を連れてきたんだけど……」

トックック
「はい。私は今、様々な土地を巡っておりまして。きっと皆さんが行ったことのないような僻地へも、足を運んでおります」

トックック
「むしろ、僻地にばかり赴いていました」

トックック
「しかし、まだ行っていない土地が沢山あります。特に有名な場所ほど行くことができていません」

トックック
「私は『忘憂舎』という場所に行きたいのです。私と一緒に行ってくださる優しい御方はいませんか?」

 その呼びかけに、皆黙っている。誰も手を上げようとはしない。

御侍
「やっぱり難しいよ、トックック。急な話過ぎるし、みんなついて来れてないよ。」

トックック
「そんな……御侍様! あなたにまで見捨てられるとは……」

御侍
「み、見捨ててはいないけど」

トックック
「だったら、もっと皆さんがその気になるように盛り上げてくださらないと! さぁっ! さぁっ!!」

御侍
「そ、そんなこと言われてもっ!」

 明らかに場の空気は重い。御侍は困った様子で視線を逸らした。


トックック
「……そうですか。仕方ありませんね。『孤独』にはなれていますから、大丈夫でしょう」


 そう柔らかな笑みを浮かべるトックックだが、明らかに気落ちしているのが見て取れる。いちご大福はそんなトックックに感情移入し、悲しくなってきてしまう。


いちご大福
(な、なんだかとってもかわいそうなのっ! このままだとこのお兄さん、ひとりで忘憂舎に行くことになっちゃうの……!?)


いちご大福
「はいっ!!」

桜餅
「え!?」

たい焼き
「ちょ、ちょっといちご大福!?」

刺身
「ほ、本気なの……!?」

いちご大福
「う、うん……? ほ、本気なの。だ、ダメなの……?」

刺身
「ダメってことはないと思うけど……。ただ――」

トックック
「ああ、あなた! 本当ですか!? わたしは、とても嬉しいです!」

いちご大福
「そ、そうなの? えへへ……そんなに喜んでくれてあたしもうれしいの……」

トックック
「ありがとう! わたしは必ずあなたを幸せにします。だから安心して嫁いでくださいね、My little lover!!」




***




第一話『料理御侍ギルドグルイラオ支店』




 ――星辰一日明け方、グルイラオの僻地。


B-52(テンペスト・ライダー)
「ふぅ……随分と走ったな。周りも随分と騒がしかった気がする」


 B-52は荒野でひとりバイクを止め溜息をついた。そしてタッチパネルをパチパチと叩く。


B-52(テンペスト・ライダー)
「感情の赴くままにバイクを走らせていたが……ここはいったいどこだ?」


 何故か知らない者たちに呼び止められることが多かった。勿論無視したが、あれはいったい何だったのだろうか。

 その結果、気づけばこんな見知らぬ場所にいた……早くブラウニーのところに戻らなければ、懸命に画面に集中する。

 しかし、周囲の地図を出してみるも、どこにいるのかまるでわからなかった。


B-52(テンペスト・ライダー)
「そうだ、僕はあまり地図を見るのが得意ではなかった。こういうことはブラウニーに任せきりだったからな」


 そんな自分の迂闊さを反省しつつ、B-52は地図を見ることを諦めた。


B-52(テンペスト・ライダー)
「ん……? あれは――」


 B-52は視線の先に、横たわる男の姿を見かけた。こんなところで何をしているのか――不思議に思って、B-52は男に声を掛ける。


トックック
「ああ……失礼しました。いつの間にか眠っていたようです。私の名はトックック。あなたの名は?」


B-52(テンペスト・ライダー)
「僕はB-52。ただのカクテルです」

トックック
「ほう……B-52、ただのカクテルさん。長いお名前ですね」

B-52(テンペスト・ライダー)
「B-52と呼んでくれていい」

トックック
「承知しました。ではB-52、あなたに質問があります。ここはどこでしょう?」

B-52(テンペスト・ライダー)
「その質問は、今まさに僕がしようとしていたものだ――なんということだ」


トックック
「そうなのですか。私は料理御侍ギルドに行きたかったのです。ご存知でしたらお伺いしたかったのですが……残念です」

B-52(テンペスト・ライダー)
「料理御侍ギルド……確か、御侍が所属していた集団だ」


トックック
「おお! 知っておられるのですね! そこに私を連れていってください!」


B-52(テンペスト・ライダー)
「そう言われても……ああそうだ! たしかこの機械には道案内の機能がついていたな」


 ブラウニーに言われていたことを急に思い出し、B-52はタッチパネルに向かって話しかける。


B-52(テンペスト・ライダー)
「『グルイラオの料理御侍ギルドまで行きたい。』」


 B-52の言葉に反応し、『目的地セットしました』と音声が流れる。


B-52(テンペスト・ライダー)
「どうやら、ここから御侍のレストランはそう遠くない場所にあるようだ」


B-52(テンペスト・ライダー)
「後ろに乗るといい。一緒に行こう」


 トックックはB-52の好意を有難く受け入れ、御侍のレストランに連れていってもらうことにした。




 ――星辰一日朝、御侍の家。

 まだ布団で穏やかな休息を楽しんでいた御侍は、けたたましいノックの音で目を覚ました。


B-52(テンペスト・ライダー)
「では、僕はこれで。あとはよろしくお願いします」


 トックックを御侍に任せ、B-52は颯爽とバイクで去っていった。


トックック
「なかなか豪快な運転でした。朝から、とてもスリリングな旅を楽しめましたね」


 穏やかな笑みを浮かべる青年に、御侍は大きなあくびをしつつ話しかける。


御侍
「すみません、貴方の名前を聞いてもいいでしょうか。どこかでお会いしたことありましたっけ?」

トックック
「いえ、お会いするのは『初めまして』だと思いますよ。御侍、お会いできて光栄です。私の名前は、トックック。以後お見知りおきを」


 トックックはサッと優雅な仕草で手を差し出し、御侍に握手を求めてきた。


御侍
「ど、どうぞよろしく」


 戸惑いつつも、御侍はその手を取り、ニコリと引きつった笑みを浮かべた。


御侍
「ええと、それで私に用があると言うことですが。どんなご用事でしょうか?」


トックック
「貴方、料理御侍ギルドの方ですよね?」


御侍
「はい、そうです。私は料理御侍ギルドのグルイラオ支部長です。何かギルドに用事でしょうか?」

トックック
「……私は今、放浪の旅をしておりましてね。このような有名な都市部ではない、どちらかというと辺鄙な土地を周っておりました」

トックック
「そこで、料理御侍ギルドの方にお世話になることも多々ありまして……その実情に、私はこの重い腰を上げることにしたのです」

御侍
「はぁ……?」


 御侍はどうにも話を飲み込めず、ただ頷くしかできない。


トックック
「地方には都心部よりも凶悪な堕神が出没していることが多いのですが、どうにもそれに対して料理御侍ギルドは正当な扱いをしていないのでは、と感じたのです」

トックック
「地方のせいか、料理御侍ギルドの目が届いていないのではと感じました。御侍も食霊も皆傷つき、疲弊していた」


 そこで一息つき、トックックは悲し気な表情で首を横に振った。


トックック
「その痛ましい姿は、是非料理御侍ギルドの上の方に知っていただきたいと思いましてね。こうして赴いてきたわけです」


御侍
「なるほど……そうでしたか」


 その言葉に、ただただ御侍は頷くしかできない。それは大変だろうと、胸が痛くなる。

 だが――所詮自分も料理御侍ギルドのグルイラオ支部長という身分。しかもまだ成り立てである。

 彼の言葉には心を動かされるものがあるが、だからと言ってできることが見つからない。


トックック
「わかりました。では、貴方より上の身分の方に連絡を取っていただけませんか? どうかよろしくお願いします」


 そう深々と頭を下げられてしまい、御侍はひとまずオリビアに連絡を取った。


御侍
「すぐに来てくれるそうです。待っている間、良かったら、朝ごはんはいかがですか?」


トックック
「それは嬉しい! 私、とてもお腹が空いていたのです。有難くいただきますっ!」



 御侍が作った朝食をトックックの前に出すと、彼は目を輝かせて料理を食べ始める。


トックック
「とっても美味しいです! あなたの料理はVery Good! 好きです、とても!」

 ご機嫌な様子でパクパクと御侍の作った料理を食べるトックック。見事な食べっぷりだが、マナーはしっかりしている。教養のある食霊であることは間違いないようだ。


ライス
「おはよう、御侍さまっ! ……その人は誰?」

御侍
「おはよう、ライス。この方はね、トックックさん。料理御侍ギルドに用があるんだよ」

ライス
「初めまして、ライスです。よろしくお願いします、トックック!」

トックック
「初めまして、よろしくライスさん」


 レストランでは和やかな時間が流れていた。だが、このときの御侍は気づく由もなかった。これから訪れる、恐ろしい話について――




***




第二話『花嫁を探して』




 ――星辰一日朝、御侍の部屋。


オリビア
「待たせたな、御侍」

シャンパン
「久しぶりだな、御侍」

御侍
「シャンパン!? どうしてここに!?」


シャンパン
「料理御侍ギルドから、今回の話を聞いたものでね。オリビアに連絡を取って馳せ参じたまでだ」


 そこでシャンパンは不敵な笑みを浮かべる。


シャンパン
「トックック……その名は戦場に出ていた私の耳にも届いているからな」

オリビア
「それで? 御侍からざっくりとは聞いたが。私が料理御侍ギルドを代表して話を聞こう。上層部には私から責任を持って伝える」

トックック
「オリビアさんですか……まぁ、いいでしょう。では、改めてお話を。よろしくお願いします」

御侍
「え……? 今なんて?」


 トックックが穏やかな口調とは裏腹に、語ったその内容に一同はただただ驚いてしまう。


ライス
「御侍さまっ! トックックはとても怖いことを言ったの! ティアラを滅ぼすって言ったの!!」

トックック
「ライスさん、落ち着いてください。交渉決裂した場合は、それもやむを得ないと、そう言っただけです。私だってそのような結末は望んでおりません。」


オリビア
「なら、何故そのような恐ろしい話を?」

トックック
「そうですね、私の本気度をわかっていただこうかと」

トックック
「料理御侍ギルドや人間に不満を抱いている食霊はごまんといます。例えば麻辣ザリガニ殿。彼あたりに声を掛ければきっと協力してくれるのではないでしょうか?」

オリビア
「……」


御侍
「お、オリビアさん! ど、どうするんですか?」

オリビア
「落ち着け、御侍。考えている……」

シャンパン
「失礼。オリビア、少し彼と話をさせてくれ」


 オリビアに目配せをしてから、シャンパンはトックックの前に座る。


シャンパン
「もしお前が本当に料理御侍ギルドに喧嘩を売るつもりなら、こんなちっぽけな支部になど顔を出さずに、もっとうまいやり方をするはずだ」

シャンパン
「そうではなく、ここでこんな話をしているということは、大事にせず話を済ませようとしている……違うか?」

トックック
「……貴方は相変わらず頭が良いですね、シャンパン。確かに、私は事を荒立てたくないと思っています」


トックック
「今回のことは、今後地方の料理御侍ギルドにも目を向け、善処してくれると約束していただければ、それで引いても良いと思っております」

シャンパン
「条件は?」

トックック
「話が早い。貴方のような方と話すと楽ですね」

シャンパン
「早く言え。条件次第では、全面戦争も悪くないだろうと思っている」

御侍
「ちょ、ちょちょちょっと!! シャンパン!?」


 慌てる御侍を手で遮り、鋭い眼光をトックックに向けるシャンパン。その視線を物ともせず、トックックは柔らかな笑みを浮かべた。


トックック
「私に、お嫁さんを紹介してくださいませんか? そろそろ私、結婚したいと思っているんです」

ライス
「……けっこん?」

トックック
「料理御侍ギルドに所属している方が契約している食霊を所望します。無関係な者では意味がないので」


オリビア
「――人質か」

トックック
「貴方も頭は悪くないようで助かります、オリビア」

オリビア
「ありがとう、と言うところか? あまり馬鹿にしないでもらいたい」

トックック
「怒らないでください、Lady。申し訳ありません、怒らせる意図はなかったのです」


トックック
「さておき、『人質』と思っていただいて問題ありません。どなたか、私のお嫁さんとなる食霊を紹介してください」

御侍
「……と、言われても。人質になるとわかっていて、お嫁さんになるなんて人はいないかと」

トックック
「誤解なきよう。私は料理御侍ギルドと友好関係を築きたいと望んでいるのです。結婚は、その一歩。お嫁さんとなる方のことは幸せにするとここに誓いましょう」


 ニコリ、とトックックが笑う。この話の流れでどうやったら信じられるのか……御侍は頭が痛くなった。


オリビア
「御侍、今後のことを上層部と話してくる。できるだけ早く地方の料理御侍ギルドの整備をできるように話を進める」


 そこでオリビアは御侍に顔を向ける。


オリビア
「だから君は誰か良い相手がいないか、彼に結婚相手になりそうな相手を紹介してくれ」

御侍
「ええ!? わ、私が!?」

オリビア
「頼んだぞ、御侍」

御侍
「お、オリビアさーん!?」

ライス
「行っちゃったの……」


トックック
「御侍、貴方が私にお嫁さんを紹介してくださるのですね! ありがとう、よろしくお願いします!」

御侍
「そ、そんなこと言われても……!」

シャンパン
「御侍、何人か知り合いの女をこいつに会わせてやれ。トックック、お前はその気になってもらえるよう、せいぜい頑張るんだな」

トックック
「私はこれでもGentlemanなのです。レディーファースト、当然ですよ」

シャンパン
「――と、言うことだ。御侍、頼むぞ」

御侍
「あなたもついてくるの? シャンパン」

シャンパン
「ああ。何か問題が?」

御侍
「も、問題なんてないよ!! じゃあ、行こうか!!」




***



 ――星辰一日朝、レストラン。


サンドイッチ
「あれ?? 御侍さま、どうしたの?」

トースト
「何かございましたか? 特にレストランの方は問題がありませんが……」

御侍
「ああ、うん。『何か』あったから来たんだけどね」


トックック
「OH Beautiful!! これが貴方のレストランですね! とても綺麗ですね! Very Goodですっ!!」

御侍
「あ、ありがと……」

タンフールー
「あ?! 御侍しゃまー! いらっしゃーいっ!」

チーズ
「御侍さま! チーちゃんに会いに来てくれたの!? チーちゃんも御侍さまに会いたいって思ってたんだよ♪」

串串香(チュアンチュアンシャン)
「……御侍様、朝からのシフトは勘弁してよ。朝はのんびりしたい派なのよね。」


 するとそこにウェイトレスの女性陣がやってくる。御侍はここに来た流れをざっとレストランの店員に説明する。

串串香「きゅ、急にやってきて、『お嫁に行け』ってどういうこと……!? 冗談じゃないわ! 絶対に嫌よ!」

チーズ
「チ、チーちゃんだって困ります! チーちゃん、には御侍さまがいるのに……!!」

タンフールー
「結婚ってなんだ? うまいのか?」

 女性陣がそんなことを口々に言い、きゃいきゃいと盛り上がる。御侍はそんな彼女たちの前でどうしたらいいのかおろおろとしてしまう。


シャンパン
「ここは駄目なようだぞ、トックック。どうする?」

トックック
「フフッ。まだ始まったばかりじゃないですか。御侍さん、まだあてはありますよね?」

御侍
「ま、まぁ……ないことも、ないけど」

トックック
「じゃあそこに連れてってください! 共に行きましょう! Let's Go!」




***



 ――星辰一日昼、サタンカフェ。


 次に御侍がトックックを連れていったのは、サタンカフェだった。


紅茶
「あら、御侍さん。いらっしゃい」

コーヒー
「わざわざここに顔を出すなんて珍しいですね。どうしました?」

御侍
「あぁ、ちょうど良かった。彼女たちなら相手としてちょうどいいんじゃない?」

ミルク
「何の話ですか?」

ティラミス
「詳しく聞かせてください」


 御侍はこれまでの経緯をざっとサタンカフェにいた人たちに説明した。


ティラミス
「まぁ……なんという。急にとんでもない話を持ってきましたね」

紅茶
「御侍さん……さすがにそれは即答できるものではありませんよ」

ミルク
「今日初めて会った人のお嫁さんになるとか……冗談はやめてください」


 女性陣の厳しい反発に合い、御侍はがっくりと項垂れてしまう。

御侍
「申し訳ないです……そうですよねぇ」

シャンパン
「……ここでもお前は人気がないようだな、トックック。どうする?」

トックック
「そうですねぇ、厳しい現実を突きつけられて、私はSo Sad……」

トックック
「でもそう簡単に諦める私ではありません! そこで、御侍、ひとつ相談なのですが……」




***



 ――星辰一日昼グルイラオ郊外。


イキ
「……僕が来る前にそんな楽しいことがあったなんて。良かったよ、御侍たちが旅立つ前に合流できて」


 レストランで御侍たちがサタンカフェに行くまでの話を聞き、イキは慌ててサタンカフェまで押し掛けた。

 そして、これから一行が桜の島に行くという話を聞き、一緒に行くと宣言した。


御侍
「あの、一応言っておくけど。遊びじゃないからね? この話にはティアラの存亡がかかっているんだよ」

イキ
「わかってるって! だからついていくんだ! 『ティアラの存亡』なんてキーワード聞いたら、ジッとしていられないよ!」

御侍
「……本当にわかってるのかな」


シャンパン
「まぁ、いいじゃないか。未来の料理御侍なんだろう? いろんな食霊と交流しておいて損はない」

御侍
「それはそうだけどさ。私はまだ行くのを躊躇ってるんだよね。本当に……あそこにトックックを連れていっていいのか」

シャンパン
「本人が行きたいと言うんだ。奴が桜の島に足を踏み入れることに何か問題が?」

御侍
「いや、そこじゃなくて。今から行く場所……あそこでお嫁さんを探すんだよね?
シャンパン
「お前ができることは、不幸な子をうまないことだけだ。せいぜい、うまく立ち回れよ、御侍」

御侍(シャンパン……もしかして、ちょっと楽しんでる?)

 そんな疑問を抱きつつ、御侍は仲間と共に桜の島へと向かうのだった。




***



第三話『トックックの婚約者』




 ――星辰一日、夕方の鳥居私塾。


 御侍一行は、グルイラオを後にし、桜の島にある鳥居私塾にやってきた。

 ここはさんまの塩焼きが塾長を務める鳥居私塾である。ここには、彼を慕う子どもたちが集まっていた。


いちご大福「お、お嫁さん……ですか? 忘憂舎に行きたいんじゃないんですか?」

トックック
「ええ。だからこれからあなたと一緒に行きます」


トックック
「いいですよね? さんまの塩焼き?」

さんまの塩焼き
「え? ど、どうだろう……」

御侍
「わ、私のことを見られても、困りますっ」

さんまの塩焼き
「でも、君が連れてきた人ですよ。いまだに僕は状況を飲み込めていません」


さんまの塩焼き
「急にいらっしゃると言うので何事かと思えば、まさか花嫁探しだとは……」

御侍
「それは、本当にごめんなさい」


トックック
「私たちはお互いのことを何も知りません。まずは知り合うことが必要だと思います」

トックック
「その結果、この縁談が難しいとなれば、そこでこの話は破談としましょう。ですのでさんまの塩焼き、ご安心ください。私はLadyの味方です。彼女が嫌がることは決して致しませんよ」

さんまの塩焼き
「君の言うことを信じたい――ですが……」


シャンパン
「まぁいいじゃないか。この男が問題を起こすことがあれば、俺が全力で止めてやる。そのために、俺はいるんだからな」


 なんとも逞しいことを告げ、シャンパンが不敵に笑う。


トックック
「それは怖いですね。私もシャンパンと全力でやり合うような事態は避けたいです。さんまの塩焼き、ここは私を信用していただけると助かります」

さんまの塩焼き
「そうですね……」


さんまの塩焼き
「いちご大福、君の意思はどうですか?」

いちご大福「だ、大福の意思ですか?」

さんまの塩焼き
「そう、君の意思です。トックックは君と忘憂舎に行き、交流を深めたいと言っています」

いちご大福「だ、大福は……」


 いちご大福はチラリとトックックを見上げる。そんないちご大福に、トックックは優しく微笑んだ。


トックック
「いちご大福、私はまずあなたと友人になりたい。どうか私と一緒に忘憂舎に行っていただけませんか?」


 その紳士的な態度に、まるで不安は感じなかった。この人はいい人だ――いちご大福は直感でそう思う。


いちご大福「ま、まずはお友だちから……! そ、それならいいの!」

トックック
「良かった! では改めて自己紹介を。私の名はトックック。よろしくお願いしますね」




***



 ――星辰一日、夕方の鳥居私塾。


いちご大福「じゃ、じゃあちょっと行ってくるなの!」

トックック
「いちご大福のことは私にお任せを。彼女にとって楽しい休暇になるよう努めます」


ライス
「じゃあ、行ってくるなのー! また遊びに来るなの!」

さんまの塩焼き
「ええ、お待ちしております。ライスさん、御侍さん、イキさん」


天ぷら
「楽しんで来いよ、いちご大福!」

味噌汁
「忘憂舎に行けるとは羨ましいですねぇ」

すき焼き
「お土産待ってるぜー!」


さんまの塩焼き
「……というか、あなたたち急になんでここに来てるのです?」

すき焼き
「トックックがここに来てるって話を聞いたからな」

さんまの塩焼き
「おや、知り合いでしたか?」

味噌汁
「誰だって、名前くらいは聞いたことある御人だ。そうだろう? 御侍」

御侍
「え? そ、そうなの……?」

天ぷら
「まぁ、御侍は知らないかもしれないな。あれも、結構前の話だしな」


イキ
「御侍ー! 早く行こうぜ!」

御侍
「う、うん……!」

さんまの塩焼き
「御侍……いちご大福を、頼みましたよ」


 低い声でそう告げたさんまの塩焼きに、御侍は背筋がひんやりとしてしまった。




***



 ――星辰一日昼前、忘憂舎。

 あの時間から忘憂舎へと向かうには、さすがに夜遅くになるということで、途中にある町の宿で一泊を過ごしてから、一行は忘憂舎へと向かった。


いちご大福「綺麗なの?! さすが忘憂舎の桜なのー!」


 そうして辿り着いた忘憂舎の入り口では、見事な桜が咲き乱れ、一行を圧倒する。


イキ
「桜の時期の忘憂舎! 見事だぜ! やっぱ御侍たちについてきてよかったよ!」

ライス
「きれいなの?! こんな桜、はじめてみたの?!」

トックック
「私も噂には聞いていましたが、これほど見事とは……! ここまで長い道のりを超えてきたかいがありましたね」


 いちご大福はすぐに皆に溶け込んで、ここまでの旅はとても楽しいものだった。

 だが、御侍は不安で仕方なかった。果たしてこの縁談の行く末がどうなるのか……まったくわからない。


シャンパン
「どうかしたのか? 随分と暗い顔をしている」

御侍
「シャンパン……そりゃあ暗くもなるさ。和やかにここまで来られたけどさ、この旅ってトックックといちご大福の縁談なんだよね?」

シャンパン
「そうだな」

御侍
「シャンパンはどう思うの? あの二人が結婚――とか、なんだかとっても悪いことをしているような気がして……」

シャンパン
「さて。男と女の間のことなんか、俺は知らぬ。

御侍
「そ、それは随分と無責任な……!」


 呆れる御侍に、フッとシャンパンはニヒルな笑みを浮かべる。


シャンパン
「あれも馬鹿ではない。本気であの幼女と結婚しようなどとは思ってはいないだろう」

御侍
「え!? そ、そうなの!?
シャンパン
「だが、万が一、ということもある。俺たちは油断せず奴を見張っていなくてはな」


 ポン、とシャンパンに背中を叩かれ、御侍はとてつもなく不安になる。

 何もありませんように――とただただ切実に願った。




ワンタン
「おや、珍しい方が来ましたね。ようこそ、忘憂舎へ」


 そんなことを口にするも、まるで驚いた様子を見せずに、ワンタンが御侍たちを出迎えてくれる。


亀苓膏
「……急にやってくるとは。ひのふの――いったい今日は何人前昼食を用意したらいいんだ! まったく!!」


 亀苓膏は苛立ちの声を上げ、奥へと引っ込んでいく。その背中をワンタンは微笑ましく見送った。


ワンタン
「あれは、頼まれてもいないのに、ここに来る知り合いをもてなそうとする……まぁ、そういう者がここにひとりくらいいてもいいでしょう」


 ワンタンは一行に向かって優しく微笑み、軽く会釈する。


ワンタン
「では、私は失礼します。舎内は自由に見て回ってください。何かあればお声かけを」



 そうして立ち去ったワンタンを見送って、トックックが満面の笑みでいちご大福に話しかける。


トックック
「では、あっちに行ってみましょう! あちらには美しい歌姫と演奏家がいると聞いています!」

いちご大福「歌姫と演奏家さん! 大福も是非会いたいの?! みんなで行くの?!」

ライス
「うん、行こう! イキも行くよね?」

イキ
「もちろん! みんなで行こうぜ!」

御侍
「あ、みんな……! ちょ、ちょっと待って……!」


 御侍が声をかけるも、その声に気づくことなく、みんなは行ってしまった。


シャンパン
「俺たちも行こうか、御侍」

御侍
「う、うん……!」


 御侍は、シャンパンと共に急いでみんなの後を追いかけた。




 御侍たちがその場所に着くと、西湖酢魚(シー・フー・ツゥ・ユゥ)がその美声で見事な歌を披露していた。


ライス
「すっごいね! とってもすてきなの!」

いちご大福「うんうん! ライスちゃん、大福もそう思ったの!」

イキ
「御侍たちについてきて本当に良かったぜ。こんな歌、なかなか聞けないもんな!」

トックック
「ええ。彼女たちの歌と演奏を聴いていると、心が癒されていきます」


 感嘆の息を漏らし、皆うっとりと彼女たちのセッションに聴き入った。




 そうして酢魚の心地良い歌声が響き渡り、一行はうっとりを聞き惚れる。

 そして酢魚は数曲が歌い終え、「フゥ……」と一息ついた。


西湖酢魚
「……廬山、貴方の笛に合わせるととても歌いやすいです。やはり貴方は特別です」

廬山雲霧茶
「いや、そなたの技量が素晴らしいだけだ」

西湖酢魚
「貴方は褒められるのが苦手ですね、廬山。ここは素直に聞いてくださったらいいのに。


 柔らかく微笑んで、酢魚は慈しみ溢れるまなざしで廬山を見つめる。廬山は少しだけ居心地悪そうに低く唸ってそのまま目を伏せた。


トックック
「なんとも絵になりますね、二人とも。本当に美しい」

シャンパン
「そんなに気に入ったなら声をかけたらどうだ? そこの幼女と結婚するより、よっぽど現実的だ」

トックック
「まぁ……見た目的にはそうかもしれませんがね」


 確かに、と御侍も深く頷いた。

 そのとき、背後から呼びかけられる。誰だろう、と御侍はゆっくりと振り返った。


キャビア
「あれ……? 御侍だ……」

ふぐの白子
「どうしてここに?」


御侍
「キャビアにふぐの白子? 君たちこそ、なんでここに?」

キャビア
「僕たちは忘憂舎に遊びに来てるんだ。もう三日目だっけ?」

ふぐの白子
「違う! 私が! ひとりで! 遊びに来たんだ! お前は勝手についてきただけ!
キャビア
「勝手にってひどいな。白子に何かあったら大変だから、僕はボディーガードとして一緒に来てあげたんじゃないか」

ふぐの白子
「だからね! そういうの、いらないお世話だから!」


御侍
「あわわわ……!」

 御侍の前で二人は激しい言い争いを始めてしまった。そんな二人に御侍は慌てふためいてしまう。


お屠蘇
「うっさいなぁ……何騒いでんの?」

ふぐの白子
「あ、お屠蘇! 聞いてよ、こいつがさぁ……!」

臘八粥
「ふふっ、喧嘩するほど仲が良いって言いますものね」

ふぐの白子
「なっ……!?」

よもぎ団子
「仲良きことは美しきかな、ですね」


ふぐの白子
「だから、違うんだってばっ! もう! 全部キャビアのせいだ!!」

キャビア
「え? なんで僕のせいなの」

ふぐの白子
「お前が私についてくるからだろ!」

キャビア
「それは仕方ない。僕がついてこなきゃ、誰もついてこないからね」

ふぐの白子
「おーまーえーはー!!!!!!!!」


御侍
「……みんな元気そうで安心したよ。

お屠蘇
「それで、あんたはどうしたんだい? こんなとこまで来て……何か用か?」

御侍
「ああ、うん。彼――トックックって言うんだけどね。ここに来たいって言うから、連れてきてあげたんだよ」

お屠蘇
「トックック……?」


 お屠蘇は、いちご大福たちと楽しそうに話しているトックックを訝し気に見つめる。


お屠蘇
「あれは、戦場を荒らしまわってた男じゃないか。あの頃はもっとピリピリした様子だったけどな。何かあったのか?」

御侍
「そうなの?」


 御侍はトックックと昨日初めて会った。だから、以前の彼のことはまるで知らない。


お屠蘇
「ま、気になるなら本人に聞けばいいさ。仲が良いみたいだし」

御侍
「な、仲いいのかな……?」


 そうして御侍がトックックに視線を向けると、パチリと目があった。そのタイミングの良さに、少しだけ御侍は驚いて、目を見開いた。


トックック
「御侍!」

御侍
「は、はい! なんでしょう、トックック!」

トックック
「そろそろ、この旅も終わりでしょうか。あなたにはとてもお世話になりました」

御侍
「い、いや……! そんな、私は何もしてないよ」


 焦り気味にそう言った御侍に、トックックは優しく微笑みかける。


トックック
「聞いてください、御侍。私はね、ずっと戦場で過ごしていました。

トックック
「そうすることを望まれていたし、そうしなければ罵声を浴びせられた。


 トックックは淡々と語る。その経験は壮絶なもので、御侍は言葉が出てこなかった。


トックック
「今は、穏やかな日々を過ごしています。いろいろなことがあって……今、ここにいます」


 そこでトックックは俯いた。そして小さく嘆息し、彼は深く頭を下げる。

トックック
「急に、ティアラを壊すと言って驚かせましたね。申し訳ありませんでした。本当は、少しだけ料理御侍ギルドの皆さんを驚かせたかっただけなんです。ええ、本当にそれだけです」

御侍
「そうなの……?」

トックック
「もう一夜明けてしまいましたしね。さすがに、もう嘘はもう終わりです」

御侍
「う、嘘……!?」

トックック
「知ってます? 星辰一日……エイプリルフールです。ちょっとした嘘をついても良い日なんです」

御侍
「え、エイプリルフール……って」


 唖然として御侍はトックックを見つめる。


トックック
「いちご大福! ちょっと来てください」

いちご大福「はいなの?!」

トックック
「この旅はこれで終わりです」

いちご大福「そうなの……? もう終わりなの……?」

トックック
「あなたと一緒に過ごせた二日間、私はとても楽しかったです。感謝致します」

トックック
「……それで、あなたと話さないといけないことがありまして。私とあなたとのお見合いについてです」


いちご大福「そ、それなんだけど!」


 いちご大福は真剣な表情で、つま先立ちをし、トックックを見上げる。


いちご大福「あのね、まだ大福は子どもで、結婚のこととかよくわからないの。でも、トックックのことは好きなの。だから……少し時間がほしいの!」


 大きな目を更に大きく見開いて、いちご大福はジッとトックックを見上げる。


トックック
「ありがとうございます、いちご大福。そのお気持ちだけで十分ですよ」


 そんないちご大福の頭を撫で、トックックが柔らかく微笑む。


トックック
「そうですね、もしあなたがもう少し大きくなって……そのときまだ私が独り身でしたら、そのときは改めてお見合いしましょう」


 その言葉に、ぱぁっといちご大福は笑顔になった。


いちご大福「……うん! わかったなの! そのときまで、よろしくお願いしますなの!」


 元気よくいちご大福が叫ぶ。その様子を皆あたたかいまなざしで見守った。





***




エピローグ




 ――星辰二日夜グルイラオ郊外。


御侍
「や、やっと見知ったところまで戻ってきたよ?!」


 長い旅路の末、ぐったりとして御侍はグルイラオまで戻ってきた。


イキ
「でも楽しかったぜ! またみんなでどっか遊びに行こうな!」


 イキはそう行って、元気よく去っていく。そんな彼を見送って、御侍は振り返った。


御侍
「トックックとシャンパンはどうする? うちに来てくれてもいいけど」

ライス
「ふたりとも来たらいいよ! きっとみんな喜ぶよ!」


 その言葉に、シャンパンは小さく嘆息する。


シャンパン
「有難い申し出だが……俺はそろそろ戻らねばならない。そうそう暇ではないのでな」

トックック
「私も、そろそろ帰ります。とても楽しい休日を過ごせましたし、御侍には感謝しかありませんね」

御侍
「は、はは……まぁ、楽しい休日なら良かったけどね……」


 今更怒る気にもなれず、御侍はぐったりと答えた。


シャンパン
「ではな、御侍。また、どこかで」

トックック
「失礼します。あなたとまたお会いできる日を、私は楽しみにしていますよ」


 そうして二人は去っていく。この二日間のことがまるで嵐のように感じられた。


ライス
「御侍! 早くおうちに帰ろう!!」

御侍
「うん、そうだね。今日は……ゆっくり寝られそうだな」


 御侍は深い溜息をついて、ライスと共にレストランへと向かった。




**



 シャンパンは黙ってコートで風を切りながら歩いていた。その隣を黙ってトックックがついていく。


シャンパン
「……随分と丸くなったな、トックック」

トックック
「私は、それほど戦場では荒々しかったのでしょうか? なんとも、恥ずかしい気分です」

シャンパン
「さてね――だが、あれももう……随分昔の話か」


 そこでシャンパンは立ち止まった。そして、トックックを鋭い眼光で睨みつける。


シャンパン
「この旅はこれで終わりだが……結末は、お前の望んだ通りになったのか?」

トックック
「望んだ結末……とは、いったいなんのことでしょう?」

シャンパン
「何故俺がわざわざこんなつまらない旅に同行したと思う? いつお前が暴れても良いように、だ」

トックック
「それは心外ですね。私はもう、以前の……戦場にいた頃の私とは違います。暴れたりなんて、しませんよ」



シャンパン
「ハッ。それにしては、随分と周りを警戒をしていたようだが?」

トックック
「……それは、戦場にいた頃の癖でしょう。どうにも、抜けなくて困っています」

シャンパン
「まぁいい。では、そういうことにしておいてやろう」

トックック
「いえ、これは本当のことです。本当に……ただ、少しだけ、彼らを困らせたかっただけですよ。かつての御侍が、料理御侍ギルドには苦労させられていたのでね」

シャンパン
「――復讐か」

トックック
「そんな大層なことではないですよ、エイプリルフールの――ちょっとした戯言ですよ。いいじゃありませんか、私も、やっとそれくらいを楽しめるようになったのです」


 晴れ晴れとした顔で、トックックが告げる。その表情に、シャンパンは答える代わりに首を横に振った。

トックック
「納得していないようですね。では、もうひとつ、理由を付け加えておきましょうか」


トックック
「いちご大福――彼女が、あまりに純粋であったから。私は彼女に私のようになってもらいたくなかったのです」


 かつて戦場で心を病んだ自分のように苦しんでほしくなった。あの純粋な笑顔を消したくなかった、と……そうトックックは言った。


シャンパン
「ふん。その理由は多少は信じられるな。だが、この地を脅かすものに、俺は容赦はしない。それが人間であろうが、堕神であろうが、食霊であろうと、な」


 そう告げて、シャンパンは去っていく。その背中に向かって、思わずトックックは笑ってしまった。


トックック
「あなたも……同じですよ、シャンパン。かつて、戦場で見かけたあなたより、よっぽど穏やかになった」

 そこで長い息を吐き、トックックは赤く染まり始めた空を見上げる。


トックック
「時間は優しい――辛い想い出も、いつしか和らげてくれる」


 胸を貫く想い出も、今はそれほどトックックを苛まなくなった。それはトックックにとってはとても有難いことだった。


トックック
「さて、私も帰りますか――道観へ。ビビンバが待っている……かもしれませんしね」


  【FIN】