『食スタ!アフターストーリー』
<登場人物>
御侍……料理御侍ギルドのグルイラオ支部長。
ダブルアイス……ナイフラスト出身の珍しいペア食霊。同郷のウォッカを姉のように慕っている。
ウォッカ……酒が大好きだが、酒癖が悪い頑固な食霊。相棒のアンドレと常に一緒にいる。
喫茶店の店員……光耀大陸にある喫茶店の店員。
ウォッカのファン……ナイフラストの魔導学院に通う、ウォッカファンの学生。光耀大陸へ旅行にやってきた。
北京ダック……光耀大陸にある竹煙質屋の経営者。また、裏の顔として情報収集に長けた組織としても暗躍している。
酸梅湯……光耀大陸にある竹煙質屋のメンバー。また、裏の顔として情報収集に長けた組織の長としても暗躍している。
魚香肉糸……光耀大陸にある竹煙質屋のメンバー。また、裏の顔として情報収集に長けた組織の一員としても暗躍している。
タンフールー……光耀大陸にある竹煙質屋のメンバー。また、普段は料理御侍ギルドのグルイラオ支部長である御侍の経営するレストランで手伝いをすることも。
焼餅……光耀大陸にある竹煙質屋のメンバー。また、普段は料理御侍ギルドのグルイラオ支部長である御侍の経営するレストランで手伝いをすることも。
竹飯……光耀大陸にある竹煙質屋のメンバー。また、裏の顔として情報収集に長けた組織の一員としても暗躍している。
スタッフA……ゼリーとマンゴープリンが司会を務める『食スタ!』のスタッフ。
***
<第一幕>
――星辰二十五日、光耀大陸のとあるレストラン。
それは、第一回『食スタ!』の投票結果が出た一週間ほど経った日のことだった。
喫茶店の店員
「まさかダブルアイスさんを押さえて、麻辣ザリガニさんが優勝者になられるとは……」
ウォッカのファン
「ウォッカさんが出てなかったので、当然と言えば当然ですけどね」
フン、と鼻を鳴らし、不服気にウォッカのファンと名乗る青年は仰け反る。
彼は、ナイフラストの魔導学院に通う生徒で、ウォッカさんの優勝を夢見て、はるばるナイフラストからここ、光耀大陸に旅行を兼ねてやってきたらしい。
ウォッカのファン
「まったく! わざわざ学院を休んでまで来たというのに! このような結果になるとは、本当に納得行きませんよ!」
彼としてはウォッカの優勝は当然だった、と言う。だが、結果はそうならなかった。よもや麻辣ザリガニとダブルアイスで決勝戦になろうとは、夢にも思わなかったらしい。
ウォッカのファン
「そもそもね、どうしてあの二人なんです? まったくタイプが違うじゃないですか! 対決というからには、もっと競い合うに相応しい二人がいた筈です!」
喫茶店の店員
あの後、ウォッカファンの彼とメール交換をした彼女は、毎度くる驚くほどのアイドルに関する蘊蓄に、多少辟易していた。だが、毎日喫茶店に通うだけの彼女にとって、異性とこうして交流することはほぼなかった。
だから、今日でナイフラストに帰るという彼にお茶に誘われて、仕事前に少しだけ会おうという気になったのだ。
喫茶店の店員
(アイドルのことは、未だ良くわからないけれど……)
ウォッカファンの彼から送られたメールで、食霊について以前より知識が増えた彼女は、懸命に考えて口にする。
喫茶店の店員
「例えば……北京ダックさんと麻辣ザリガニさんでしょうか?」
ウォッカのファン
「そうですね。彼らはライバルであると評判です。その二人のカードなら、もう少し面白い戦いになったのではないでしょうかね」
眼鏡のブリッジをクイと上げ、青年は目を輝かせる。
ウォッカのファン
「……とはいえ、結局ウォッカさんが出なければ、私にとってはつまらない勝負であることは変わりませんがね」
ふー……、とわざとらしく長い溜息をついて、青年は首を横に振った。
ウォッカのファン
「そもそも私は思うんですよ。あの勝負は仕組まれたものではないかと」
喫茶店の店員
「と、言いますと……?」
ウォッカのファン
「細工がされていたんですよ、投票結果に!」
喫茶店の店員
「ええ!? そうなんですか!?」
ウォッカのファン
「勿論、ただの憶測にすぎませんか。得てしてああした投票には仕込みがあるものです」
目を見開いてジッと目の前の女性を見つめて青年は告げる。そのあまりに堂々とした態度に、もしや本当に細工がされていたのでは、と女性は思う。
ウォッカのファン
「とはいえ、もう終わってしまった勝負にグズグズ言っても仕方ありません。私は、次の勝負に目を向けようと思います」
喫茶店の店員
「次の勝負……というのは、第二回目でしょうか?」
ウォッカのファン
「そうです! そこで貴方にお願いしにまいりました! どうか第二回『食スタ!』でウォッカさんに投票していただくことはできませんか!?」
喫茶店の店員
「え……ええっ!?」
ウォッカのファン
すると青年はガタッ、と激しく椅子の音を立てて立ち上がる。そして、テーブルの上に置かれた女性の手に自分の手を重ねた。
ウォッカのファン
「どうか……どうかウォッカさんに清き一票を! 彼女こそ、勝利者に相応しい存在です! 何卒、何卒! よろしくお願いします!!」
喫茶店の店員
「は、はぁ……」
唐突な接触に驚きつつも、女性は青年を見上げる。
喫茶店の店員
「あの私、第二回がいつやるのか、私は知らないんですが……」
ウォッカのファン
「大丈夫です! その際は私から連絡します。投票のやり方など複雑かもしれませんが、私が責任をもって教えましょう」
喫茶店の店員
「あ、ありがとうございます……」
言いたいことを言って安堵したのか、青年は肩を落とした。
ウォッカのファン
「ふぅ、これでここに来た役目は果たせましたね……ハッ!?」
喫茶店の店員
「ど、どうかしましたか?」
急に青年が裏返った声で叫び、わなわなと震え出した。
ウォッカのファン
「あ、あれは……ウォッカさん!?」
喫茶店の店員
「え?」
その言葉に、女性は彼と同じ方向へと視線を向ける。
ウォッカのファン
「間違いないです、あの麗しい銀髪に憂いを秘めた表情……そしてアンニュイな目つき。二人といない、完成された女性です!!」
そのすごい形容に若干引きつつも、女性は黙って彼の言葉を聞く。
ウォッカのファン
「な、何故こんなところに……!? こんな普通の喫茶店に来る女性ではない筈……あっ、あれはダブルアイス!!」
喫茶店の店員
「あら」
ウォッカと共に入って来たダブルアイスは、ウォッカに笑顔で話しかける。
ダブルアイス
イチゴ「ウォッカさん。ここのマンゴーシャーベットとても美味しいんだよ」
ダブルアイス
バニラ「でも、ウォッカさん、シャーベットとか食べるの?」
ダブルアイス
イチゴ「バニラ……ウォッカさんは、お酒しか飲まない訳じゃないよ」
呆れた顔でイチゴが告げる。
ダブルアイス
バニラ「そっか! ならよかった! みんなで一緒に食べよう!」
ウォッカ
「私はタコ焼きも頼もうかな」
その様子をジッと観察していたウォッカのファンである青年は、ハッと息を呑む。
ウォッカのファン
「やはり彼女はウォッカさんですね」
喫茶店の店員
「何か、今の会話で断定できる要素がありましたか?」
不思議に思って女性が訊ねると、青年はふふふ……と得意げに笑った。
ウォッカのファン
「ええ。ウォッカさんはダブルアイスと顔見知りなんです。彼らは私と同じ、ナイフラストの出身なんですよ! そして……ダブルアイスのふたりは姉のようにウォッカさんを慕っているとか。まったく羨ましい――」
そこで青年は咳払いをし、大きく息を吸った。
ウォッカのファン
「それに、彼女は『タコ焼き』も追加で頼むと言っていた! 知ってますか、タコ焼きはですね、ウォッカさんの好物なんです……!」
オオオ……と青年は感極まって目を潤ませた。正直女性にはそこまで彼が喜んでいる気持ちを理解できなかったが、それほどまでに好きなのだろうと、微笑ましく見つめる。
喫茶店の店員
「ふふっ、そんなにファンのウォッカさんに、こんなところで会えるなんて運が良いですね。ご挨拶してきたらどうですか?」
ウォッカのファン
「――え?」
喫茶店の店員
「え?」
唐突に青年は硬直し、呆然と女性を見る。
喫茶店の店員
(私、何かおかしなこと言ったかしら?)
ウォッカのファン
「なんと恐ろしいことを……彼女の視界に入るなど! そうそうあってはならないことです!」
喫茶店の店員
「そ、そうなのですか?」
意味がわからず、女性はぽかんとしてしまう。
ウォッカのファン
「そうです。彼女はそこで存在しているだけで美しい……私ができることは、こうして彼女を見つめるだけ……本来なら、こんな近距離で見つめることなどあってはならないことです!」
喫茶店の店員
「は、はぁ……」
彼がそういう哲学の元生きているならば、女性は特に言えることはないと思う。
喫茶店の店員
(これが『アイドルファン』というものなのかしら)
ウォッカのファン
「……とはいえ、今は時期尚早というだけ。私は名をあげ、ウォッカさんに相応しい存在となります。そのときこそ……二人の間に『絆』ができる!」
ドン、と彼はたくましく自身の胸を叩いた。
ウォッカのファン
「まだ彼女の前に出るに相応しくない存在です。勉学を重ね、研究を続け……その暁には、彼女の前にひとりの『料理御侍』として立ちましょう!」
その堂々たる宣言に、女性は妙に感動してしまう。
喫茶店の店員
「そ、そうですか。頑張ってくださいね」
よくわからないが、青年は料理御侍志望だったのか――女性はてっきり魔導学院になんて通っているから、学者にでもなりたい人なのかと思ったが……。
喫茶店の店員
(料理御侍ってピンキリだし、危険な職業よね)
残念ながら恋は始まらないな、と少しだけ女性は残念に思った。
ウォッカのファン
「では、私は帰ります。まだまだ勉強中の身。そうそうここに来ることはできませんが、第二回『食スタ!』開催の暁には、是非一緒にウォッカさんの応援に行きましょう!」
アデュー! と元気よく告げ、青年は喫茶店を出て行った。
そして女性は立ち上がる。そろそろ、休憩時間も終わりだ。三角巾を頭につけて、カウンター内に入った。
ダブルアイス
バニラ「あ、お久しぶりー! えへへ、また食べに来ちゃったよー!」
ダブルアイス
イチゴ「ここのマンゴーシャーベットは格別だって。まぁ僕もそう思うけど」
ウォッカ
「マンゴーシャーベットふたつと、タコ焼きひとつお願いします」
ウォッカがそう告げ、財布からお金を出す。
ダブルアイス
バニラ「お金は俺たちが出すよ、ウォッカさん!」
ウォッカ
「大丈夫。ここは私が払うわ」
ダブルアイス
イチゴ「いいよ、ここは任せて。僕たち、この間の第一回『食スタ!』の出演料をもらったんだよ」
ウォッカ
「へぇ……この間ふたりが出てた番組だよね。あれ、出演料とかあるの?」
ダブルアイス
イチゴ「うん。ウォッカさんも出演することになったらしっかりもらった方がいいよ。僕たち食霊にとって、あんな番組でたって、一円の得もないんだから」
肩を竦めてイチゴが皮肉げに言う。
ウォッカ
「そうだね。でも、私は出ないよ。決勝戦に進むようなことないし。ね、アンドレ?」
その言葉に、肩に止まっていたアンドレが鳴いた。
喫茶店の店員
「では、お代をお預かりします。おつりのお返しです」
女性は笑顔でイチゴに返す。
喫茶店の店員
「ウォッカさん、『食スタ!』第二回目については、まだわかりませんよ?」
ウォッカ
「うん? どういうこと?」
不思議そうに、ウォッカが首を傾げる。
喫茶店の店員
「ウォッカさんには多くの熱狂的なファンがいるんです。私も清き一票を投じたいと思います」
ウォッカ
「清き一票って……ううっ、やめてよ~! そんな投票番組に興味ないから!」
げんなりした様子で肩を落とすウォッカ。そんなものに出る時間があるなら、一杯でも多くお酒を飲みたい、と苦笑いする。
喫茶店の店員
「勿論投票ですから、どうなるかわかりませんけどね。とはいえ、ああいう番組は『仕込み』があるものですからね」
得意げに女性は答える。第二回が開催されたら、それはそれで面白いかもしれない。またあの青年に会えるかもしれないし、ウォッカが決勝戦にあがってくるかもしれない。人気は間違いなくあるんだから! と女性は微笑むのだった。
***
<第二幕>
――碧空二日、レストラン(料理御侍ギルド、グルイラオ支部)。
それは、第一回『食スタ!』の投票結果が出てから二週間ほど経ってからのことだ。
スタッフA
「いやぁ、ダックさん! ありがとうございました! 貴方のお陰で番組はとても盛り上がりました」
北京ダック
「いえいえ……吾がしたことなど。まるで大したことじゃありません」
スタッフA
「とんでもない! この企画の影にダックさんアリ! 貴方がいたからこそ、第一回は盛り上がりました!」
北京ダック
「麻辣ザリガニ殿が最終戦に参加したのはそなたの手腕かと。彼をあのような番組の舞台に引き釣り出したからこそ、あれほどの票差になったんでしょうね。少々、対戦相手が可哀そうだったかと思いますが」
スタッフA
「本当に、何故あれほどの差がついたのか……非常に不思議です。実はこの投票は、以前別のところで開催していたのと同じカードだったんです。第零回、と言っていいのかわかりませんが……」
スタッフA
「ええ、聞き及んでいます。そのときの結果は、ダブルアイス側が勝ったんですよね」
「ただ今回は我々としては、『麻辣ザリガニVS北京ダック』のカードで開催したかったんですよね。そちらの方が対象になる御侍様たちの興味を引けるかと思ったからですが……」
北京ダック
「フッ……残念ながら、準決勝で吾に票が集まりませんでしたからね」
スタッフA
「いえ、正確に言いますと、麻辣ザリガニ殿に異様に集まった、というのが真実です。そして、準決勝で二位がダックさん、三位がダブルアイスさんと中間発表が出ましたら、また急激にダブルアイスさんが票を伸ばしましてねぇ……どこぞで票をコントロールされていたのかかもしれません――まったく、奇妙な話です」
北京ダック
「それはそれは。面白い話ですね。だがしかし、もしそうした票のコントロールがあって、吾の順位が下がったというなら、吾の名誉は守られますね」
スタッフA
「ええ、ええ! 次回以降は投票方法も考え直さねばなりません。次こそは、『麻辣ザリガニVS北京ダック』のカードが実現できるよう、我々スタッフも力を尽くしましょう!」
北京ダック
「いえいえ、吾はそのような勝負の場に似合わない者です。できたら次回も、そのようなカードが実現しないことを吾は祈っていますよ」
そこで、『食スタ』スタッフと北京ダックが楽し気に笑う。その様子を、後ろの席で聞いていた竹飯はげんなりと顔を歪めた。
竹飯
「よく言うぜ……ダックの旦那は、まったく腹黒いな」
魚香肉糸
「ちょっと竹飯。聞こえたらどうするの?」
竹飯
「だってよ、事実じゃねぇか。俺様、夜なべして何枚ハガキを書いたと思う? 今時ハガキで人気投票とか馬鹿じゃねぇか? 古の投票方法過ぎて、俺様は『食スタ!』スタッフを呪ったね」
酸梅湯
「……まぁ、我々は基本的には日陰者でなくてはなりません。それが情報屋としての正しい在り方かと」
焼餅
「何言ってんだ? 北京の旦那はあれで目立つの好きじゃねぇか。いざとなりゃあ、すーぐ前線に出て行っちまう。
竹飯
「お、焼飯! お代わり頼むぜ!」
焼餅
「食うのはぇえなぁ、竹飯。今さっき出したばっかじゃねぇか」
タンフールー
「俺様は腹が減ってんだ! タンフールー、大盛り倍付で頼むぜ!」
竹飯はキッチンで料理を作っているタンフールーに向かって皿を突き出して笑った。
タンフールー
「ほいさー! 倍付大盛り任せとけー!」
豪快に中華鍋を揺すりながら、タンフールーが答える。焼飯は、竹飯の皿を受け取って、キッチンへと向かった。
北京ダックは、そんな部下たちの会話をキセルを揺らしながら、楽し気に聞いていた。
北京ダック
「どちらにしろ、次回は決勝戦までの投票も、ハガキはやめた方がいいでしょう」
スタッフA
「そうですね! 我々も、次回はもっとファンの方々が応援しやすい、投票しやすい環境を整えようと思っています! そうでないと第二回開催は危うい……ファンから、なかなか辛辣なご意見も届いていますから」
ふー、と首を横に振って、スタッフは低く唸った。
スタッフA
「しかしどうなったとしても、やはり情報は不可欠です! 今後もダックさんとは良い関係を築いていけたらと思っております!」
ほくほくと人の好さそうな表情で、スタッフが微笑む。
北京ダック
「やはり『麻辣ザリガニVS北京ダック』を実現せねば! 頼みますよ、ダックさん。我々と、ファンが楽しめる番組を共に作りましょう!」
北京ダック
「……そうですねぇ、そんな日が来たらいいですねぇ」
しみじみと北京ダックは呟く。
北京ダック
「まだまだ堕神との厳しい状況は続くでしょう。そんな辛い日々に、一時の楽しさを与えられるような番組だったら、吾としても是非出たいですね」
スタッフA
「勿論です! そうした番組になるよう、我々はさらに企画を練りこんでいく所存です! 今後ともよろしくお願いします、ダックさん!」
スタッフはスッと北京ダックに向かって手を差し出した。その決意を秘めた表情に、北京ダックは小さく頷いた。
北京ダック
「吾で協力できることがあれば。そのときは、また連絡致します」
そう告げて、北京ダックはスタッフのふくよかな手を取った。
北京ダック
(次は……どんな対戦カードになったら楽しいですかね。少なくとも今回はうまくいかなかった。もっと皆が楽しめるカードにせねば)
北京ダックは第二回に向けて、画策し始めるのだった。
【FIN】